読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

LIFE IN MIRACLES~奇跡でごはん食べてます~

融通無碍・自由自在・みんなひとつの神さまライフ

不二夫に捧げる即興筆記

赤塚不二夫氏のドキュメンタリーをチャンネルNECOで視た。

ゆめうつつ妄想と衝動と思いやりの人生。

いま感じるままに彼に捧げる言葉を書きたい。

 

満州の赤い夕景に無数のカラス。

原風景。

 

父は日本軍特務機関所属の憲兵シベリア抑留。

母と妹弟赤ちゃんといっしょに引き揚げ船。

日本に着いて、ようやく寝床で寝かせたとたんに赤ちゃん(末妹)が死んだ。

 

仲間と一緒に畑を丸裸にするほどの勢いで野菜果物を盗みまくる少年。

熾烈な生命の戦いが日常の営みであったころ。

 

やがて、マンガ漫画まんが。

後も先もなく上も下もない、友だち集団。

ギャグに生きる。破天荒。

あいらぶにゅーよーく。暮らしがアートだ。生きてるギャグだ。

アバンギャルドあばんぎゃるどavant-garde。。。

 

描く描く描く。

 

れっつらゴン?最高傑作と自他ともに認めるナンセンスの最高峰。

バカボンを超えた。という。

どんどん自分自身を作品として露出。いろんな意味で露出。

はみ出す。はみ出させる。露出。裸。裸。裸。

 

見た目を超える。世間体をはみ出す。けど、恥ずかしい。すごくシャイな人。

酒で、恥ずかしさを消す。酒におぼれて妄想と語らう。

avant-gardeあばんぎゃるどアバンギャルド

 

人生がナンセンスだということ、

無意味な生に意味があるとしたら、笑いだけだということ。

それでいいのだ。これでいいのだ。レットイットビーだ。ということ。

 

ココロの可動域が拡がる。

やさしすぎたアーティストの生きざまに、即刻、解放される自分が居た。

ありがとう。ありがとう。

おそ松くんとバカボンとア太郎。それこそワタシの原風景。

ありがとう。

肩にハマった重たいギプスが外れた。

型にはまった暮らしを、連続的に打ち壊すお手本のお手並みを

視られてウレシイ。

 

今日もアバンギャルドでいこう。

隅に追い詰められても、シレッとすり抜けて笑い転げる自分でいこう。

ありがとう。大好きな漫画家。赤塚不二夫

 

お宝ノート☀

相変わらず記憶と記録という大切なスキルが欠如しています。

今年1月からスタートしたヘルラハサイキックスクールでも、オールチャネリング、オールダウンロード、で、ノウハウの蓄積もなんもあったもんじゃない。

 

けど、昨日、生徒さんが過去のノートを参照しながら質問してくれて、そのノートをチラ見したらば、

 

おお!すごい!

 

ラーとホルスからの暗示と啓示に満ちた深すぎる内容であることに、いまになって氣づいてしまった。

 

あ、そか。アレとコレがシンクロしてたんだ。この図形とあのシンボル、あら、まったくおんなじじゃん!!???

 

次期クラスから、1期生の過去ノートを教材に編集していくつもりです。自由すぎてごめんなさい。

潰しなら棄てながら絶えず生成しつづけるもの。

きのう、宇宙にブーたれたのは、ほかでもありません。

 

ヘルラハスクールでは、

だれでもやればできるサイキックメソッドを

月謝15,000円、定額で月に何回でも参加できるという条件で

制限なくシェアしています。(入会金は別途規定あり)

 

制限があるとしたら、

生徒さんそれぞれに、その時々に

「意識のレベル」が左右する内容は

人と時機を選ぶこと。

安全性を確保できない内容は、端から伝えないこと。

くらいです。

 

だれでもカジュアルにやれて、やる氣だけが問われる。

そんなコンテンツと価格で設定しています。

 

なのに、まだ「高い」って言う。

受講生じゃありません。新規の問い合わせされた人。

たぶん、5000円にしても、2000円にしても、

言う人は言うんだろうね。高いって。

 

けど、そう言う人こそ、いまやってる錬金術の授業、

覗くだけでも覗きに来てほしいね。

受ければ変わる。必ず変わる。

資生の循環が体感できるから。

 

まあ、呼ばれない人は、理由とか無関係に

絶対来られないんだけどね。

 

入り口で制限つけるな!っていう思いで、

宇宙(ヘルラハ)に、ふくれっ面してみました。

 

それと……ほんとは…

 

 

 

客商売energyをブログから一掃してみたかったんだよね。

で、細工なしの

文字通り不細工な顔面を露出してみた。 

ウケ狙い根性を根刮ぎ、潰して棄てたかったから。

 

ウォーターメディテイション

ニュータイプの瞑想法がダウンロードされてきました。

日曜日のヘルラハスクールでやってみましょう。

   

かなり豊かな水のenergyで、いま体内がタップタップしてます。

あ、もちろん錬金術の一環として行います。

    

既に受けていただいた方も、次回シェアしますのでご安心を♪

「勝負師」考

このところCSやYouTubeで、都はるみさんの歌をよく聴いてるので、
坂田三吉桂春団治の物語で
「日本一」という歌詞に触れる機会が増えている。

先日の羽生結弦選手の氷上の勝負を観ながら、
日本一!と叫びたくなった。(いや、世界一なんだけど)

で、思った。

競争そのものを問題視する傾向が
スピリチュアルを学ぶ者たちにはある。
だけど、競争そのものは悪徳ではなくて、
他者のコントロールによって無自覚に
競争「させられてる」ところに不自然があるのではないか。

利潤追求の競争はダメで、スポーツならいいんだ?
いや、そうじゃないと思う。

ちょっと前、小学校の運動会で
徒競走の順位づけを廃止して、全員一等賞にしよう。
みたいなルールが作られてた。
そんなん、何がオモロイの?と、首を傾げた。

何が言いたいかというと、

競争そのものはアリ。
だけど、競争は
したい者が やればいい。したくない者はしなくていい。
っていうルールが、いんじゃね?
ということ。

まあそうなると、現行の学校教育制度が
いわばパラダイムごとひっくり返るよな。

「ユヅくん」みたいな天才が、自分の中に
競争心というものを知覚する機会が減ってしまうかな?

いや、生来の(各自が自分に課した)ミッションには、
雑音が減るぶん、氣づきやすくなるんでは?
もともと、ミッションと競争心は無関係だし。
競争心じたい、ミッションに向かわせるための
ツールに過ぎないよね。

こないだの男子フィギュアの決戦なんて、
あれ、他者との競争じゃなくて、
全員が、自己との戦いだったもんね。

「いちばん」っていうのは、どのジャンルであれ
最後に「自分に克つ」ヤツが手にするんだろう。

三吉も春団治もユヅくんも、
徹底して勝負を楽しんでたヒトだよね。
イコール、自分自身を生涯面白がってたヒトだ。
あ、ユヅくんは過去形じゃないな。ごめん。

ユヅくん(羽生結弦選手)には、
小春やお浜は必要ないのかな?
献身的パートナーとインディゴの天才性の関係・・・
とか考えだすと、論旨が散らかるので、またこんど。