LIFE IN MIRACLES~奇跡でごはん食べてます~

融通無碍・自由自在・みんなひとつの神さまライフ

春うらら♪占いカフェ、やりましょーか☆

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去年も春、あれは4月だったのか~。

 

 

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お氣に入りの音楽と、スイーツ、フルーツ、アテ(酒は出しませんが)

そして、好きなだけチャネリング

 

とか、遊んでるうちに、勝手に降りてくる祭儀のエナジー(!)

勝手に始まるエンパワーメント。

 

こんな集まりに、来ない手はあるまい。

来たいヒトは、日程リクエストどうぞ。

(場所はたぶん、また京橋)

 

ああ、やっぱり宣伝ぽいな。

 

ま、楽しけりゃエエわ。

社会通念を逆撫でするつもりはありませんが。

今日は午後から派遣会社の営業さんと同行して、
「職場見学」という名の「社会見学」に行きます。
 
今年で自営開業20年。
毎朝 同じアクションで同じ時間に同じ電車に乗って通勤。
って、まず無理だな。
(去年、何度かトライして、やっぱりダメでした。カラダが拒否します)
 
やっぱり、小銭に詰まりそうなときだけ、
日払いスポットで働くほうがよさそうだね。
(それでもじゅうぶんニンゲン観察・シャカイ観察になる)
 
お天氣もいいし、徒歩25分の企業までお散歩して、
履歴書で経歴自慢して帰ってこよう。
 
とまれ、縁があれば、何かが変わるかもしれない。

ブログはどれをメインにするか。

フェイスブックツイッターの連携を方向転換したので、

(ある日、勝手に方向逆転してて、それ以来、140字以内のつぶやきが自分に合ってる氣がしてツイッター投稿をメインにしてきました)

 

これからは、ブログとFBでもうちょい説明的な散文的なものも書いていこうと。

 

なぜなら、脳が短文脳になってきちゃったから、

読むほうも、ちょっと長い文章を目が受け付けなくなってしまった。

 

これからの ひと月は、毎日が戦場!みたいなゼニ集めに執心しなくて済みそうなので、

ほんとに、好きなことを書く毎日にしたいんです。

PCのキーボードが恋人。みたいに日々を楽しみます。

 

で、ブログは、

 

やっぱりこのはてなブログかな?ぽ

 

また書き溜まったら、アメブロに連続転写するかもしれません。

 

アメブロはどーも「popy」臭がして、

実は性に合わんのだす。(なぜいきなり船場商人?)

 

文字修飾yとかビジュアルの工夫とか、無視して、

思考と同じスピードで書き進められるシンプルな入力画面を求めると、

やはり「はてな」かな?

 

 

わかりませんよ。ワタシのことですから。

明日は さくらブログ に書き出すかもしれません。

 

 

 

まあ、まずは、

 

ここ1年遠ざかっていた、"As I please"な日々を送ってみたいと思います。

 

宇宙の張り巡らしたセーフティネットが、限界を知らない盤石さであることを、

今月も身に染みて体感したので(頭痛が痛いみたいな日本語だな。ま、いいか)
遠慮なく一輪車で綱渡りな日常を謳歌しようという魂胆です。
 
読者を想定することなく、唯一人の身内みたいなヒトに向けて書く感じで書いていきますので、ついてきたい方はついてきてみてください。
 
しばらくカテゴリーも「ひとりごと(ブログライフ)」ばっかりになるかな。
 
 
うるさいくらいひとりごちてみようか。
 
そんなこと言いながら、フェイスブックやツイッターにはシェアするんだろうな。
セコイからww、いや、ゲスイからwww
 
 
メルマガは、「打ち出し」っぽい構えが要るかな?
だったら、毎朝、ブログを更新しました。っていうお知らせだけにしようか。
で、読んでみたら、ひとりごとの連打・・・
 
 
え?はた迷惑極まりない?
 
 
だったら、そうしよう♪
 

入院メモ

長期便秘中の母が、オムツでの排便を氣に病んで「寝れない」と、未明、看護師に訴える。その母の明らかな寝言を、夜通し途切れなく聞いていた。

 

さっき、ちょっと咳した母が

「ああ、もう、声が出えへん・・・」

と、はっきりした声で自分に呪をかけたのを聞いた。

 

この、神経過敏なんだかなんなんだかわからない母の「被」保護欲求に随分纏い着かれながら生きてきたな、と思う。

 

「お大事に」のコメントをたくさんいただいた。お大事に暮らせないからこうなってるわけだが。

まあ入院中のいまだけはお大事に過ごそう。

病室まで追いかけてくるモノはない。はず。

 

午前5時、ナースセンターから大声で笑い合う声が響いている。

一昨夜、目の前の病室で1人、入院患者が亡くなった。真夜中、誰にも知られずに床に倒れて心肺停止。

こう書くと、グロテスクに見えるかもしれないが、案外、ヒトの死とは、道の途中で出会う「落とし物」程度のものかもしれない。

人知れずヒッソリだろうと、派手にすさまじくだろうと、そこに落ちていることに変わりはない。

 

ワタシの行く途上に、ワタシの死も、ポツリと落ちている。

そう想像すると、心穏やかになれる。

宇宙と太陽と複層現実のフォーラムを開始します。(やっとですけど)

しばらくなりをひそめていましたが、近況報告、

というより、いま何を考えいるかを、報告しておきます。

 

考えて、と書きましたが、マインドレベルでまとまりのある思考、

つまり体系的な表現の可能な思考はしてきませんでした。

半年間も、まとまりようのないものをまとめようとして

表しようのないものを表現しようとして、

「苦吟」と呼ぶにふさわしい悪戦苦闘をつづけてきたのです。

 

今朝になって、複数の存在たちから書物を通じて啓示がくだされたので、

それを、順不同、脈絡なし、ランダムに書き出してみます。

 

 

ヘル=ラ=ハ、すなわち新しいアイオン(永劫)の主が、人類に太陽として姿を見せる際の、太陽の精神的、道徳的、物質的な諸相を表している。彼は光、生命、自由、愛の神である。現在のアイオン(永劫)は、目標として人類の完全な解放を掲げている。

 

宇宙の像は、処女の像であって、(中略)

踊りの相手はアテュXIXのヘル=ラ=ハである。「太陽、力と視界、光。これらは星と蛇の召使のためにある。」

(中略)

〈宇宙〉という主題は〈大いなる業(わざ)〉の達成を表現している。

 

『この女性は美しきベイバロンの娘だ。ベイバロンは、この娘を万物の父との間に産んだ。そして、あらゆるものとの間にこの娘をもうけたのだ』

 

「汝、聖なる者、聖なる者、聖なる者、汝の名に永遠に幸福(さいわい)あれ。汝にとっては、全永劫(アイオン)も汝の血の脈動にすぎない」

 

(以上、「トートの書」より)

 

 

キーワードは、「人類の完全な解放」

用いるは、「ヘル=ラ=ハ(Heru=Ra=Ha)」「ホツマツタエ」「フトマニ」

 

ああ、こう書いていても、強いめまいが止まらない。

 

近いうちに、このことを(体系化も事業化もあきらめて)

フォーラム(勉強会)として、シェアします。

それが、「彼ら」の意図であり、吾がスピリットの意志のようです。

 

もう、ウソは全くつけないゼロポイントフィールドに立ってしまった。

しかし、ヒトとしての経済生活は、どうなってしまうのだろう?(笑)

 

 

今朝、複層的平行現実(パラレルリアリティ)を体感するような夢を見ました。

夢というより、ほんとに別なリアリティの中に居たかもしれません。

 

「あ、これ夢だ。えらくリアルな夢だな。壁の感触はどうだろう。目の前の彼は、もう死んだはずだけど、毛穴とかどんな具合だろう」

手でさわったり、目を凝らして見つめたり、

「うーん。これが夢のはずがない」と、考えたところで目が覚めました。

 

なにかが、はじまり、進んでいるようです。

 

 

以上のような事柄につながりたいであろう方にのみ、

フォーラムの詳細をお知らせします。しばらくお待ちください。

よし、続き、上げちゃえ♪

30万円の支度金を受け取るのは、当然、容易ではなかった。

1週間の研修期間に、最初は50名ほど居た参加者は10数名に減っていた。

それほどに、この研修は理解しにくい上に「バカバカしい」ものだった。

叶子は、例の人事部長の語り口の鮮やかさだけに惹かれて残っていた。

バブル期がそろそろ終焉を迎えつつある時期だった。

悲しいことに、叶子はバブル「崩壊」ということを全く想像できずに居た。

広告代理店を退職してからの数か月は、時事に疎いまま、ただ長年馴染んだマニュアルどおりの営業活動を繰り返す日々だった。商談自体がほとんどなくて、世間の動向を噂話に第三者と話し合う機会すらなかったのだ。

マニュアルしか話せない人間になっていた。プライベートな友人とさえ、会話が「駆け引き・応酬話法」に落ちるときがあった。つまり、落としどころを決めて、そこへ誘導する話法。おのずから友人は減っていく一方だった。あとから考えると、これは恐ろしい職業病だった。

そんなわけで、叶子の中では、天井知らずの好景氣はまだ続いていた。今回の求人に応募する時点でも、何千万もするマンションの販売も、マニュアル通りに売れば比較的容易だと信じていた。

だが、この会社のマンション販売方法は通常の宅建業者のやり方ではなかった。

いわゆる「リースシステム」だった。

つまり、マンションの一戸を収益用物件として長期ローンで購入してもらい、家賃収入でローンを完済した暁には、その物件が持ち主の貴重な資産として残る。他人のお金で不動産物件が自分のものになる。というもの。収益用マンションの「一棟買い」は珍しくなかったが、「一戸買い」はまだ一般化していなかった。

「頭金500万円だけで、数千万円の不動産が近い将来あなたのものに。しかも物件の価値はまだまだ上昇します。購入価額の何倍にもなる可能性も。」というのが謳い文句だった。

まさにバブル。

当時、M社が、このシステムで大きな収益を上げていたのは有名な話だ。その後やはりバブル崩壊のあおりで倒産するのだが、叶子が平成銀河コーポレーションに出会った頃は、まだまだM社も好調で、近く上場する予定もあった。だから、このシステム自体は決して「怪しい」ものには感じられなかった。

 研修中に何度も叶子が聴いたのは、

「日本では土地の価格は決して下がらない」ということと、

「長野の雪はベタ雪で、そこは冬季オリンピックの開催地としては適さない。次回も、パウダースノウの札幌が必ず選ばれる」という「デタラメ」な情報だった。

正式採用後、叶子たちは、遠い札幌の分譲マンションを販売することになる。

具体的な営業方法としては、ドアツードアの戸別訪問。1日の飛び込み件数ノルマは100件。訪問した家庭は訪問日誌に逐一記入。不在・拒否(その理由)・玄関で会話・上がり込み、など選択肢が印刷されていて、いずれかに〇をつける。日誌は帰社後に上司の手で住宅地図と照合される。一軒でも飛ばすとすぐ会社にバレる、というもの。さらに、訪問先で「上がり込み」が成功した場合、何とか理由をつけてその家の電話を借り、「いまどこそこの誰それ様宅に来ています」と報告する。商談を終えて、その場を去る前に、また電話を借りて、退出理由を明確に報告する。ということが義務付けられていた。(当時は携帯電話などまだまだ開発されていなかった)この退出理由が事務所のマネージャーに納得されないと、そこから出られない。

このルールに違反した者は、給与が減額になる。という罰則付き。

商談の骨子となるのは、平成銀河コーポレーションの母体企業である某不動産会社の「会長の一代記」。

これを丸暗記して訪問先家庭の主人(決裁者)に感動的に説明する。苦労まみれの貧乏な幼少期から、みごとに大資産家(いまで謂うならミリオネア)になるまでのサクセスストーリーだ。

さらにその会長が、いかに慈悲深く高潔な人物であり、産業の発展と社会貢献に情熱を傾けているか。を、滔々と説き聴かせる、というものだった。その会長が、あなたご自身の資産形成を救世主のごとく援助してくれるのです。

商談の注意点としては、我々はこの非常に有利な不動産投資情報を「売り込みに来たのではなく、教え諭しに来た」ということを完全に理解させるのだ。ということ。

だから、相手に「ご主人」と呼びかけずに、「主人」、と下に見下して物を言え。と教えられた。(叶子には、5年の営業ウーマン歴も影響して、最後までそれができなかった。どうしても「業者」の言葉遣いになってしまうのだ。)

見込客が儲け話に興味を持ち始めたのを察知したら、即座に、

「実は、私の直属の上司が近くのエリアをセールスに回っています。我々はチームで動いていますから。よかったら、その課長をこの場に呼んで、少しでも有利な物件をあなたが入手できるように、話を進めて差し上げますが、どうでしょう?」

相手が承諾したら、

「では、お電話をお借りして、課長のポケベルを呼び出しますね。あ、課長はコーヒーが大好きなので、来られるまでにご用意ください。お砂糖は角砂糖ひとつがよろしいです。」

などと、課長を客より上位者として意識づける。

そこに登場した課長が、出されたコーヒーをうまそうに飲み、部下と全く同じ「会長の成功物語」を語るので、話はもはや疑いようのない信憑性を帯びてくる。

話がまとまったら、すぐに本社に同行させて、その場で宅建取引主任が契約書をまとめてハンコを押させる。その後、会長みずから料亭に案内し、契約締結の祝宴を設ける。

というシナリオであった。

確かに会長は、玄米食にケールの青汁、根菜を主とした和食しか「召し上がらない」ストイックな菜食主義者であった。(料亭でも、女優並みに美しい夫人が持参した重箱のお弁当にしか手をつけない。当然のごとく酒も飲まない)

一代記の中で、府下の競売物件を扱う機会に恵まれたのをきっかけに大きく躍進した。という話もおそらく事実だったろう。そうとう荒っぽい人生であったことが、五十歳を過ぎたいまなら、叶子にも容易に想像できる。

「君たち、目の前に1億円の札束を積まれて『これが欲しければ、この街を競走で一周してこい。一番の者にこれをやる』と言われたら、走りきれるか?無理やろう?そんなときのために常に心身を鍛えておきなさい」というのが、会長の口癖だった。玄米食とケール青汁も、社員全員に義務付けた。

叶子もこの会長を完全に信じた。信じて、尊敬した。

 

 

季節は真冬。ちょうど節分の頃。一年で最も寒い時期だった。

セールス活動は、朝10時に始まり、夜9時過ぎまで続く。11時までは帰社は許されない。

実際、昼食休憩をはさんで、100件飛び込みを達成するには10時間は最低でも必要だった。

同期入社のオジサンたちは、それでも適当に自主休憩を取っているようだったが、叶子はそれほど器用なタイプではない。いつも課長と本社のマネージャーに監視されている氣がしていた。だから、節分の夜に大きな邸宅の立ち並ぶ屋敷町を回った日は、ほんとうに辛かった。大きなお屋敷ほど、重厚な門の前でインターホンを突破するのが至難の業だ。

女性である叶子は、日に数件は「上がり込み」ができていた。オジサンたちよりは警戒心を持たれにくい。だが、この日はまだゼロだ。

大きな屋敷の傍らに、おそらくその家の主人の持ち物であろう文化住宅がいくつか立ち並んでいて、その前で、若い夫婦と小さな子供が豆まきをしていた。

和やかな光景だ。

別な家の窓からは、「日本昔話」のエンディングテーマ曲が聞こえていた。

叶子は、さすがに涙が出そうになった。息は白く、手は赤く、足は無感覚になっている。

夕刻とはいえ屋敷町の闇はいっそう暗い。そして、尿意。

在籍中の2か月間、その夜だけは、一回きりの自主休憩に走った。

とはいえ、近所には喫茶店すらない。必死で歩きまわって、小さな軒の低いお好み焼き屋を見つけて、叶子は跳びこんだ。トイレを借り、コーラだけを注文する。

これは、もう続けられそうもない。と、痛感していた。

そのころには、上がり込みゼロの者には一万円の罰金が科せられたり、デスク上で正座して1時間反省することが義務付けられたりしていた。

今日、このまま帰社すると、自分にも罰金や正座が待っている。

叶子は、自宅の母に公衆電話から電話をして、高校時代の旧友の転居通知ハガキを探してもらうように頼んだ。

30分後に再度電話する。

母は、叶子の机の引き出しから、そのハガキを見つけてくれていた。

早速アポイントを取り、旧友の妻が在宅なのを確認してから、「遊びに行く」と言ってそこに移動した。車で運んでくれる課長を残して、自力で、電車で。

他に、この寒さを乗り越える方法は見当たらなかった。

満月なんで、書き始めの草稿記事そのまま上げちゃいます。(・・・って、またかーい?!)

「バブリー・バブリー」

 

 

 

大阪市の中央を走る地下鉄御堂筋線は、1970年の大阪万博を機に延伸されて北へと伸びた。この新大阪駅より北側の線を北大阪鉄道と呼ぶ。大阪のベッドタウン、吹田市千里ニュータウンまでつながる、5駅ほどのラインである。

新大阪の次の次。江坂という駅の周辺は、住宅地というよりは繁華街だ。

畑と住宅の真ん中の駅前に、まず東急ハンズができて、その周りに飲食店が増えていき、そこにサラ金ビルが連なった。これも万博を機に建設された自動車専用道路の「新御堂筋」を挟んでひしめく8階建てくらいのテナントビル。

そこに健康食品や高額教材の訪販会社を始め、いろいろな無在庫セールス業者の小粒な事務所が、ぎっしり詰まっていた。

その会社説明会は、そんな訪販ビルのワンフロアにあるレンタル会議室で開かれた。

それまで勤めていた求人広告の代理店を辞めて、しばらく自宅で代理店の代理店として自営を試みていた辻田叶子は、無計画な飛び込みセールスに限界を感じ、そろそろ収入が途絶えて3か月にもなる状況で、いよいよ母一人子一人の生活を支えるに不便をきたし始めていた。新聞や他媒体の求人広告をリストにアポ取りの電話をしたり、ランダムに地域を決めて企業向けの飛び込みを繰り返していたが、ほとんど収益は上がらなかった。

そんなとき、リストとしてピックアップしていた新聞の求人欄の、「支度金30万円支給」という文字が目に留まったのだ。

職種は不動産セールス。社名は聞いたことのない、平成銀河コーポレーション。

新規事業発足につき、云々。固定給15万円プラス歩合給。とあった。

支度金が30万円あれば、母との生活を2か月は維持できる。固定給が15万円なら、求人広告の営業社員だったころと比べても1万円少ないだけだ。そこに歩合がつくとなれば、少しは母に楽をさせられるし、自分のカードローンの返済ももっと楽になる。

そんな思いから、応募した。

会場には、数十人の中高年男女が集まっていた。

30歳そこそこなのは、自分だけのようだ。

あ、ひとりだけ自分より若そうな女性がいる。

その女性は、中途採用の説明会には少々目立ちすぎるようなライトグリーンのボディコンスーツを着ていた。スカートの裾は、膝よりかなり高い位置にあった。

不動産セールスより、北新地の高級クラブのホステスに似合いそうな服装だ。

その彼女以外のオジサンたちは、一様に「生活にくたびれた」表情と風体で、部屋にはくすんだような、無彩色な空氣感が充満していた。

自分はどうだろう?まだそこまではくたびれていない。派手なグリーンスーツの彼女以上に、自分も場違いなところへ来てしまった?と、身の置き所に困る感じでいた。

そこへ、ドタドタと足音を立てて入室してきた人があった。紺色のダブルのスーツに真っ赤なネクタイ。でっぷりと太った40歳くらいの男性で、わざとらしく肩をそびやかし、顎を突き出しかげんに首をひねりながら、ホワイトボードの前に立った。演説用のデスクに両手をついて、会場内の参加者全員を無遠慮に眺めまわすと、かなりの大音声でひとこと、

「ようこそ!平成銀河の新たな英雄たちよ!!」

と叫んだ。

一九分けのバーコードヘアの間に、赤く油光りする頭皮がのぞいている。

きっとこの人は、高血圧の高脂血症だろう。と、叶子は思った。

眼玉も赤い。飲酒の性癖によるものか?正しく寝不足によるものかは、まだわからない。

わかっているのは、このタイプは怒らせたら面倒くさいタイプだということだ。

他人を平氣で大声で面罵し、さらには執念深く責め続ける・・・。

第一印象で人格を推し量るのは、5年あまりの広告営業で身についた癖だった。

だが、人事部長を名のるこの男性は、芝居がかった第一声以降、思いのほか柔和な物腰で至極簡明に会社概要や業務内容の説明を施した。正に立て板に水。

29歳になっても、勉強好きな学生氣質の抜けない叶子には、この「授業」は、好ましいものだった。

(なんだか怪しいけど、この研修はきっと自分の将来の利益になる。この講師のノウハウを掴むだけでも。だから1週間の研修期間だけでも、ここに通ってみよう)

子どものころから学校の先生が将来の夢だった叶子は、そう思った。

そう思ってしまったのだ。

このあと始まる、過酷な、文字通り「真冬の日々」はまだ認識しようもなかった。