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LIFE IN MIRACLES~奇跡でごはん食べてます~

融通無碍・自由自在・みんなひとつの神さまライフ

面倒と行動の間にあるモノ

派遣仕事をキャンセルしたから、予約していたヘルパーさんもキャンセル。
用意してあった食材を、自分で調理することに。

けど、寝床にいてアレコレ考えてると、面倒くさ過ぎて、
絶対イヤ!ってなる。

そこでこの、面倒くさいのメカニズムを考える。

氣づいたのは、

面倒くさい時って、
カラダ凝(じ)っとさせたまま、自分のマインドと 、じたばた取っ組み合いの抗争、してるんだよな。

で、疲れちゃう。
まず、このマインドをstop&release!

動きながら(軽く踊りながら)、なんとなく、思いつきで手に取ってみる。

と、カラダが勝手にやってくれる。

それまで放置。ほったらかし。

決意して動く、んじゃなくて、
カラッポで忘れ果てたまま、ふとした瞬間に
無意識にやっちゃってる。
その瞬間、即座に、迷いなく。

あ、「面倒と意欲と行動」の研究、
若い頃から追求してたんだった。

カバラで、あらましの答え見つけてたんだった。

そうだ。ここを掘り下げてみよう。
ここ掘れワンワン!

信じる。とはどういうことか。

自分が

全創造の源(みなもと)であること。

無限無量の意識体であること。

いまここに在りながら、あらゆる時空に存在すること。

存在する目的そのものを、

自在に、いくつでも、創り出せること。

 

在り方としては、

ひたすら安心していればいい

ということ。

すぐに忘れがちだけど

自分が誰で、どんな姿をしていて、

何処から来て(何処と何処を経て)、何処に向かっていて、

いま何処で何をしているか。

 

こういうことを識っているなら、あなたは

何時でも何処でも安心立命

 

恐怖有ること無し。

心に罣礙なし。

天衣無縫。則天去私。

夜 何時に寝ても朝2時に目覚めるなら、これを思惟の時間にあてよう

【思惟(しゆい)メモ】

 

この世の法則:

希えば希うほどに、希いとは真逆のことが起きる。

そこに執着が在るから。

カネと自由が吾が人生のテーマだから、
そこを究めようとするから、

自由を剥奪され、カネに追われる日々になる。

過去を振り返れば、
1日で、バイトひと月分の収入を手にしていた
自由きわまりない自分が、居た。
それでもやはり
その頃も
自由から遠い意識で暮らしていた。

定義づけが間違っていたのだ。
「意識」の設定に誤謬があったのだ。

自由もカネも、
この世に生まれた時から、
手にしていた。
求めなくても既に在った。

そして、いまも、
ずっとここに在る。

わたしは、いまもここに居て、全てを手にしながら、

もしかすると敢えて

自由のない場所を、
経験しに、
体感しに、
出かけようとしている。
(原初に神がそうしたように)

人類すべてに、ほんとうの自由を
体感させる、意識させる
その長い道のりを歩きつづけるために。
まず、自分が完全な自由を知る(識る)ために。

生まれてきた意味にとらわれることなく、
自由「そのものになって」生きるために。

 

 

省りみれば

この一年、自分に起きた(否、自分が起こした)

一連のジタバタの始まりには
「怨み」があったと思う。

「怨み」に神々が手を貸すことはない。

だが、

自分の心底を識るための「学び」には
彼等はとことん手を貸す。

端緒となったのは、一瞬の怒り。純粋な怒りだった。

そこに怨みはなかった。
怒りの思いに、あとから這い寄り忍び込んだ。
「第三者」の意思が、怨みを捏造した。

自意識に寄生した他意識。
なりすましの我レ。
卵が受精して受精卵になり、細胞分裂するように。
細胞核に入り込んで、
もはや一体化したミトコンドリアのように。
彼我の分別がつかない。

そうなると、
怨みと言う名の意識体が、
ますます増殖分裂するために
必要な現実(幻想)が断続的にやってくる。

第三者に人生を明け渡したことになる。

人生を取り返すには、
怨みを赦しに変えること。
否、
「怨み」そのものを赦し、解放すること。

それはそのものが第三者だから、手放せる。

あの時の怒りは、自分そのもの。

あの後の怨みは、自分でないもの。

それを識るために、
ぜんぶを削ぎ落とすプロセスが必要だったのだ。

まもなくフィジカルな自分の誕生日。
心底からの、真底からの
赦しの時間が、始まっていくのだろう。

 

 

 

こう考えていくと、
一連の出来事は、Heru-Ra-Haを認識し、彼を降ろすために行われた。
と、言えるかもしれない。

Heru-Ra-Haに使われたのかもしれない。

だが、

今後は、使われていてはいけない。

わたしの中の神。
内なる神が!

彼を、彼らを、
(HorusとRaの太陽の息を)
能動的に
使いこなせと言っている。

どの次元に立っていても、
立つときは、自分を主軸に立たねばならない。

神々を前にしてさえ、
立脚点は、吾レであらねばならない。

それをこそ、
自由
と呼ぶのだから。  

春うらら♪占いカフェ、やりましょーか☆

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去年も春、あれは4月だったのか~。

 

 

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お氣に入りの音楽と、スイーツ、フルーツ、アテ(酒は出しませんが)

そして、好きなだけチャネリング

 

とか、遊んでるうちに、勝手に降りてくる祭儀のエナジー(!)

勝手に始まるエンパワーメント。

 

こんな集まりに、来ない手はあるまい。

来たいヒトは、日程リクエストどうぞ。

(場所はたぶん、また京橋)

 

ああ、やっぱり宣伝ぽいな。

 

ま、楽しけりゃエエわ。

社会通念を逆撫でするつもりはありませんが。

今日は午後から派遣会社の営業さんと同行して、
「職場見学」という名の「社会見学」に行きます。
 
今年で自営開業20年。
毎朝 同じアクションで同じ時間に同じ電車に乗って通勤。
って、まず無理だな。
(去年、何度かトライして、やっぱりダメでした。カラダが拒否します)
 
やっぱり、小銭に詰まりそうなときだけ、
日払いスポットで働くほうがよさそうだね。
(それでもじゅうぶんニンゲン観察・シャカイ観察になる)
 
お天氣もいいし、徒歩25分の企業までお散歩して、
履歴書で経歴自慢して帰ってこよう。
 
とまれ、縁があれば、何かが変わるかもしれない。

ブログはどれをメインにするか。

フェイスブックツイッターの連携を方向転換したので、

(ある日、勝手に方向逆転してて、それ以来、140字以内のつぶやきが自分に合ってる氣がしてツイッター投稿をメインにしてきました)

 

これからは、ブログとFBでもうちょい説明的な散文的なものも書いていこうと。

 

なぜなら、脳が短文脳になってきちゃったから、

読むほうも、ちょっと長い文章を目が受け付けなくなってしまった。

 

これからの ひと月は、毎日が戦場!みたいなゼニ集めに執心しなくて済みそうなので、

ほんとに、好きなことを書く毎日にしたいんです。

PCのキーボードが恋人。みたいに日々を楽しみます。

 

で、ブログは、

 

やっぱりこのはてなブログかな?ぽ

 

また書き溜まったら、アメブロに連続転写するかもしれません。

 

アメブロはどーも「popy」臭がして、

実は性に合わんのだす。(なぜいきなり船場商人?)

 

文字修飾yとかビジュアルの工夫とか、無視して、

思考と同じスピードで書き進められるシンプルな入力画面を求めると、

やはり「はてな」かな?

 

 

わかりませんよ。ワタシのことですから。

明日は さくらブログ に書き出すかもしれません。

 

 

 

まあ、まずは、

 

ここ1年遠ざかっていた、"As I please"な日々を送ってみたいと思います。

 

宇宙の張り巡らしたセーフティネットが、限界を知らない盤石さであることを、

今月も身に染みて体感したので(頭痛が痛いみたいな日本語だな。ま、いいか)
遠慮なく一輪車で綱渡りな日常を謳歌しようという魂胆です。
 
読者を想定することなく、唯一人の身内みたいなヒトに向けて書く感じで書いていきますので、ついてきたい方はついてきてみてください。
 
しばらくカテゴリーも「ひとりごと(ブログライフ)」ばっかりになるかな。
 
 
うるさいくらいひとりごちてみようか。
 
そんなこと言いながら、フェイスブックやツイッターにはシェアするんだろうな。
セコイからww、いや、ゲスイからwww
 
 
メルマガは、「打ち出し」っぽい構えが要るかな?
だったら、毎朝、ブログを更新しました。っていうお知らせだけにしようか。
で、読んでみたら、ひとりごとの連打・・・
 
 
え?はた迷惑極まりない?
 
 
だったら、そうしよう♪