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LIFE IN MIRACLES~奇跡でごはん食べてます~

融通無碍・自由自在・みんなひとつの神さまライフ

フリーセルにおけるガイゼンセイと在宅介護における近未来の可能性

ウィンドウズ10に搭載されてる

マイクロソフトソリティアコレクションのデイリーチャレンジ。

このところ日課。

 

難易度超上級のフリーセル(制限回数内で山札クリア)をやってて、

これからの自分に求められてることを直感した。

 

蓋然性・蓋然性・ガ、イ、ゼ、ン、セ、イ・・・

って、ラップみたいに脳内ヘビロテ。つまり、

 

このゲームは、無駄な動きがひとつでもあると、終わらない。

達成確度をあげるには、プロセスを極限まで削ぎ落として

どんどん蓋然性を高くしていくしかない。

 

振り返ると、偶然性(てかシンクロ)に頼りすぎてたこの半年。

まさか、フリーセルで教えてくれるとは思わなかった。

トライ&エラー、しすぎでしょ?・・・って。

 

徹底的に削いで絞って漉し残った「内的必然」のみを行為するには、

まずマインドプロセスを極限まで削ぎ落とす必要がある。

このアンチ無駄加減、フリーセルによく似てる。

 

自分のコアにある必然(意志)と具体的なアクションとの

完全一致。

 

創り出す「因」の蓋然性が高くなれば、

結果としての必然を生み出せるんだ。

(あたりまえだけどね♪)

 

ヒトが偶然と呼ぶものが、実は

蓋然性を極めた「因」の導く、必然的「果」なのだと。

それが、シンクロニシティというものだと。

 

 

なんか、形而上的に書いちゃったけど、

要は、

 

出したい結果を出すためには、

 

必要なことしかやっちゃダメ~!!

やりたくないことやっちゃダメ~!!

だって、それって不必要だから。

(あたりまえだけどね♪だ~か~ら♪)

 

 

あと、思考するときは

ラップ調で。

 

 

で、

 

 

ガイゼンセイのヘビロテの果てに、

 

 

てか、ほんとはその前に、

 

 

今朝、母の動きが変わってきたのを感じて、

 

 

ああ、これって介護度下がるな。

子としてはうれしい。制度的恩恵としては悲しい。

介護2~1以下になっちゃうと、施設利用が制限されるから。

すんごく楽しそうに通ってるんだけどね。

 

いやいや、どうせ動けるようになるならもう、

お~もいっきり自由に動けるようになれ!

って、願った。

 

来年の介護認定までに、家事一切、自由にやれるようになっといてね。

と、口に出して言った。

 

そうなれば、

タイトル:「視えないパワーで在宅介護」

副題:オシゴトもお金も健康も、ぜ~んぶOK!

って、本書けるね。書いていいよね♪

 

よく考えたら、若いころから(いまも若いですけど)

世間より10年早い発想と、5年遅い発育。の子でした。

 

医療の自給自足。

介護離職。

在宅医療。

在宅ワーク

好きなコトだけして暮らす。

「はたらかないでたらふく食べたい(by栗原康)」

 

これら、ぜんぶ、やってますよワタクシ。ハイすでに。

 

そうだな。コレ(つまり日常生活そのもの)を極めればいいのか。

本を出すガイゼンセイを高めるためにも、

視えないパワー「だけ」で暮らすことに集中していこう。