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LIFE IN MIRACLES~奇跡でごはん食べてます~

融通無碍・自由自在・みんなひとつの神さまライフ

それをしなくたって、だいじょうぶ。

たとえば、

意識レベルでの死と再生。

ウンウン唸りながら、サードアイや首筋にチカラ入れながら、マインドと向き合えってことじゃない。

観察するんだ。
のんびり、静かに。

外で起きたことを感じて、内側で何が起きるか。

たとえば、いま部屋を見回してみたら、
お膳の下にペットボトルが転がってる。

いつもなら、立っていって拾ってキッチンのゴミ袋に入れに行くところだ。
なぜなら、それが自分のアタリマエだから。

けど今日は、この文章を書き始めてるし、
ちょっと待ってみることにする。
転がったペットボトルに、内側がどう反応して、カラダにどんな指示を出すか。


こうやって、習慣をことごとく疑い、
その都度、五感と感情に訊いてみる。
いま、何を感じてるのか。
いま、どうしたいのか。


もうこの時点で、自分責めが始まっている。

(なんで、あんなとこに転がしたまま氣づいてないんだ?
お客さん来たら、どうするんだ?
うっかり氣づかずに日が経ったら、埃が溜まって嫌じゃないか。)

そんな脳内の独り言にも、氣づいていく。
自分の中のアタリマエに、信念に、光を当てて浮かび上がらせる。


そこに動く無意識の働きを観る。
意識のバックヤードで、何が「勝手に」動くか。探る。


(たったいま、ワタシを責めたのは、
攻撃したのは、
ほんとうは誰だ?
ワタシじゃないぞ。
母か?昔の上司か?学校の先生か?
同業者の眼か?
お客さんのジャッジか?)


そして、脳と肉体の間に瞬時に介入する、
無意識の「命令」を、いちど叩き潰す。

ベットボトルを拾いたいか。
拾いたいなら、その欲求を意識して、
動作に意図を介在させて。

ワタシはコレを、やりたいからやるんだ。

理由なく行われる全ての行為に、自分の欲求を感じていく。
だが、理由付け、もしくは言い訳を付けない。
やりたいかどうか、それだけ。

そんな実験。

やってみたらきっと、
魂のやりたいことが視えてくる。
それをしないと、たぶん一生視えないままだ。
スコトーマ。

一瞬ごとに、自分の時間を、自分の人生を生きるために。
いま、すべてを疑え!
そして、書き換えろ!

書き換え方なら、教えます。
(さいご、ちょっと宣伝w)


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